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千葉地方裁判所松戸支部 昭和63年(ワ)559号 判決

原告

中村春子

右法定代理人親権者父兼原告

中村康雄

右法定代理人親権者母兼原告

中村綾子

右三名訴訟代理人弁護士

泉信吾

木村政綱

右泉信吾訴訟復代理人弁護士

中島信一郎

被告

松戸市

右代表者市長

宮間満寿雄

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

右指定代理人

鈴木平八郎

外一名

主文

一  被告は、原告中村春子に対し、金四五九〇万五一二一円及び内金四一九〇万五一二一円に対する昭和六三年四月一三日から、内金四〇〇万円に対するこの判決確定の日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告中村康雄に対し、金四二九万二八八〇円及び内金三〇〇万円に対する昭和六三年四月一三日から、内金一二九万二八八〇円に対する平成二年九月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告中村綾子に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、主文第一項、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告中村春子に対し、金七一三八万〇九〇〇円及び内金六六三八万〇九〇〇円に対する昭和六三年四月一三日から、内金五〇〇万円に対するこの判決確定の日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告中村康雄に対し、金一一二九万二八八〇円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和六三年四月一三日から、内金一二九万二八八〇円に対する平成二年九月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告中村綾子に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

原告中村春子(以下「原告春子」という。)は、昭和四八年一〇月二五日生まれで、昭和六三年四月当時、松戸市立第四中学校(以下「第四中学校」という。)第二学年の特殊学級に在籍していた者であり、原告中村康雄(以下「原告康雄」という。)はその父、原告中村綾子(以下「原告綾子」という。)はその母である。

被告は、第四中学校を設置し管理している地方公共団体である。

2  原告春子の能力

原告春子は、昭和六三年四月当時、アミノ酸代謝異常の一種であるフェニルケトン尿症に罹患し脳障害を有しており、その知能指数は五〇ないし六〇で、小学校一年生程度の知的能力しかなかった。また、原告春子は、走る能力、投げる能力など運動能力全般に劣っており、特に知的能力とあいまってルールのある競技への参加は限られる状況であり、握力や筋力も、健常者に比べて著しく劣っていた。さらに、フェニルケトン尿症に対する食餌療法のために肥満体で、前期の知的能力、運動能力ともあいまって反射神経やバランス感覚も健常者に比べて著しく劣っており、高所を怖がり、全般的に動作が鈍かった。

3  事故の発生及び原告春子の負傷

(1) 第四中学校では、昭和六三年四月一二日に松戸市千駄堀四七一番地のフィールドアスレチック松戸千駄堀シゼンコース(以下「本件コース」という。)で第二学年の校外学習を実施することとしたが(以下、この行事を「本件行事」という。)、本件コースは、丸太材とロープを組み合わせて造られた各種の遊具を有するフィールドアスレチックコースであった。

そして、当日は、第四中学校第二学年の普通学級八クラス(一クラス約四〇名)と特殊学級一クラス(八名)のうち、普通学級の生徒の大部分と特殊学級の生徒の全員が参加し、各クラスの担任を含む一三名の教諭が同行して、午前九時四〇分ころ、本件コースに到着し、生徒全員に対する諸注意の後、普通学級の生徒は自由行動となった。他方、特殊学級の生徒八名は、特殊学級第二学年担任の和泉伸司教諭(以下「和泉教諭」という。)に引率されて、午前一〇時ころから本件コースを回り、その後「高台のぼり」と呼ばれる遊具の所に到着した。

(2)① 右高台のぼりは、別紙高台のぼり概略図一ないし三記載のとおり、丸太材とロープを組み合わせて造られた遊具であるが、最上段の高台までの途中に二段の台があり、台と台との間の横に渡された丸太とロープに手足を掛けながら、途中の二段の台を経て最上段の高台に登った上、更に高台の床下から斜め下方に平行に渡された二本のロープの間に体を入れて、左右の手でそれぞれの側のロープをつかみ、かつ、これらのロープの間に吊り下げられた二二本のU字状のロープに足を乗せて、下方に降りていく仕組みになっている。

② 原告春子は、昭和六二年四月に第四中学校第一学年の校外学習でフィールドアスレチックコースである市川自然公園ありのみコースへ行き、また、同年五月に同校特殊学級全学年の宿泊訓練でフィールドアスレチックコースである清和県民の森コースへ行ったことがあるものの、いずれも短時間に簡単な遊具を試みたにすぎなかった。これに対し、高台のぼりは、地上から高台上までの高さが約4.25メートルもある上、ロープや丸太の間隔が広く不規則で、健常者である小学校高学年生でも助力を得ないで最上段の高台まで登ることはできない程の難しさであり、また、地上から最も高台のぼり寄りのU字状のロープの下端までの高さが約2.65メートルもある上、高台から降りる際に使用するロープがいずれも不安定で、健常者でもロープを伝って降りるには優れた運動神経、体力及び相当の勇気が必要である。そして、高さ、規模、安定度等の点で、前記の両コース及び本件コースには、高台のぼりに匹敵する遊具はなく、高台のぼりは、突出した難易度、危険性を有する遊具であった。

(3) 和泉教諭は、高台のぼりの所に到着後、午前一一時五分ころ、特殊学級の生徒のうち原告春子ら数名に対し、高台のぼりに挑戦するように指示したので、原告春子は、握力に自信がなかったが、和泉教諭の指示に従い、やむなく高台のぼりに挑戦し、何とか最上段の高台まで登った。もっとも、前記2の原告春子の能力及び前記(2)の高台のぼりの難易度等からして、独力で登ることはできず、原告春子は、当時その場にいた普通学級の生徒に上から引っ張ってもらうか若しくは下から押し上げてもらうかなどの助力を得て登ったはずである。

しかし、原告春子は、高台に登ったものの、ロープを伝って降りることができず、ロープ側の丸太を伝って降りようとして、その途中で地上に落下したか、あるいは高台からロープを伝って降りる際にロープが不安定で揺れたため、バランスを失って地上に落下した(以下、この落下事故を「本件事故」という。)。他方、引率者である和泉教諭は、原告春子が高台のぼりに挑戦していた際、その場を離れていたか、あるいは特殊学級の他の生徒の介護に気を取られて原告春子を十分監視していなかった。

(4) 原告春子は、本件事故により、第一腰椎脱臼骨折及び脊髄損傷の傷害を受け、治療及びリハビリ訓練のため、昭和六三年四月一二日から同年八月九日までの一一九日間駿河台日本大学病院(以下「日大病院」という。)に入院し、次いで、同年八月九日から平成元年三月一八日までの二二二日間及び平成二年二月二六日から同年九月七日までの一九四日間東京都立北療育医療センター(以下「北医療センター」という。)に入院した。

原告春子は、右の傷害の後遺症として下半身が完全に麻痺し、常に介護者がなければ日常生活を営めない状態にあり、この状態が今後改善することはあり得ず、右障害は身体障害者福祉法別表中の第一級に該当し、一生車椅子の生活を送ることとなった。そして、下半身麻痺に伴って褥創ができやすく、仙骨部や右坐骨部に褥創ができて皮膚の移植手術を行うなど、苦しい闘病生活を余儀なくされている。

4  被告の責任

(1) 和泉教諭の過失

① 原告春子に高台のぼりを挑戦させた過失

本件のように校外学習でフィールドアスレチックを行う場合には、引率教諭は、事前に予想される危険について十分な配慮をし、生徒の安全という見地から、当該遊具に挑戦させるかどうかを判断し、その状況に応じて挑戦をやめさせるなどの措置を採る注意義務がある。特に、原告春子のように障害を持つ生徒については、健常者である生徒と異なり、その運動能力、性格等を把握し、当該遊具に挑戦させても危険がないかどうかを十分検討すべきである。

そして、原告春子は、前記2のとおり、脳障害を有しており、知能指数が低く、肥満体で、握力、バランス感覚その他の運動能力も低く、和泉教諭は、原告春子の第一学年からの担任で、原告綾子ら保護者との面談、原告春子の能力を記載した小学校からの指導要録及び学校における日常生活等を通じて、原告春子の能力を把握することが可能であり、高台のぼりは、前記3(2)のとおり、難易度、危険性が極めて高い遊具であった。したがって、原告春子の能力からすれば、事故もなく独力で高台のぼりを完遂することは不可能であり、本件事故の発生の危険が予測できたにもかかわらず、和泉教諭には、漫然と原告春子に高台のぼりを挑戦させ、本件事故を発生させた過失がある。

② 立会監視措置を怠った過失

校外学習で特殊学級の生徒にフィールドアスレチックなど一定の危険を本来的に伴う活動をさせる場合には、引率教諭が当該活動に立ち会い、生徒の動静を十分監視すべき注意義務がある。また、引率教諭が自ら監視することができなかったり、引率教諭だけでは十分監視することができない事情がある場合には、他の教諭の応援を依頼し、共同して生徒の動静を監視し得るような措置を講ずる注意義務がある。

そして、前記2、3(2)の原告春子の能力、高台のぼりの難易度、危険性等に照らせば、本件事故の発生の危険が予測できたにもかかわらず、和泉教諭には、本件事故の際、その場を離れていたか、あるいは特殊学級の他の生徒の介護に気を取られて原告春子を十分監視せず、他の教諭に応援を求めるなどの措置も講じず、漫然と原告春子に高台のぼりを挑戦させ、本件事故を発生させた過失がある。

(2) 第四中学校側の過失

本件のように特殊学級の生徒を含めた一学年全員参加の校外学習でフィールドアスレチックを行う場合には、学校側は、特殊学級の担任の教諭も含めた事前調査をして、生徒に挑戦させる遊具の選定、付添教諭の必要性、その人数及び現地における配置等について検討し、適正な人員の配置等をすべき注意義務がある。

そして、特殊学級の生徒は、危険性を的確に察知することができず、突飛な行動に出ることもあり得る統率の難しい子が多いので、校外学習において特殊学級の生徒八名に引率教諭が一人では危険極まりなく、また、高台のぼりのような遊具の場合、その難易度、危険性に照らして事故防止のために登る側と降りる側に少なくとも一名ずつ教諭を配置する必要があった。しかるに、第四中学校側は、事前調査に特殊学級の担任の教諭を参加させず、遊具自体の危険性等について事前に議論すら行わず、和泉教諭一人に特殊学級の生徒八名を引率させ、高台のぼりに他の教諭を配置しなかった過失がある。

(3) よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故により原告らが被った左記5の損害を賠償する責任がある。

5  原告らの損害

(1) 原告春子の損害

① 逸失利益 二一五一万七六五〇円

原告春子は、一八歳から簡易な労務に就くことが可能で、少なくとも一般女子労働者の平均賃金の二分の一の収入を得ることができたが、本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失した。その逸失利益は、次のとおり二一五一万七六五〇円となる。

253万円(昭和六三年度の賃金センサスにおける一般女子労働者の平均賃金の概数)×0.5×17.01(一八歳から六七歳までの中間利息控除のためのライプニッツ係数)=2151万7650円

② 介護料 四〇三五万〇七五〇円

原告春子は、本件事故発生の日の翌日である昭和六三年四月一三日から介護を要する状態にあり、原告綾子が同日から連日原告春子の介護に努めているが、その介護に要する費用は一日五〇〇〇円が相当である。そして、昭和六三年四月一三日から平成三年四月一三日までを過去の介護料とし、それ以降原告春子が生きるであろう平均余命六四年間の介護料を将来の介護料とすると、その合計額は、次のとおり四〇三五万〇七五〇円となる。

ⅰ 過去の介護料

五〇〇〇円×三六五日×三年間=五四七万五〇〇〇円

ⅱ 将来の介護料

5000円×365日×19.11(平均余命六四年間のライプニッツ係数)=3487万5750円

③ 慰謝料 合計二五〇〇万円

ⅰ 入通院慰謝料 五〇〇万円

原告春子は、本件事故後、前記3(4)のとおり合計五三五日間の入院生活を送り、その後も現在まで通院を余儀なくされているが、この入通院に見合う慰謝料は五〇〇万円が相当である。

ⅱ 後遺症による慰謝料 二〇〇〇万円

原告春子は、前記傷害による下半身不随のために一生車椅子の生活を送ることとなり、常に介護を要する状態になった。その精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

④ 弁護士費用 五〇〇万円

原告春子は、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、その報酬として五〇〇万円を支払う旨約した。

(2) 原告康雄の損害

① 慰謝料 一〇〇〇万円

原告康雄が原告春子の父として本件事故により被った精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

② 入院雑費 六四万二〇〇〇円

原告春子の入院中原告康雄が支出した雑費は、入院一日について一二〇〇円として入院日数五三五日を乗じた六四万二〇〇〇円を下らない。

③ 交通費 六五万〇八八〇円

原告春子の入院中原告康雄が支出した付添介護のための交通費は、次のとおり合計六五万〇八八〇円となる。

ⅰ 日大病院関係

九六〇円(一日分)×一一九日間=一一万四二四〇円

ⅱ 北医療センター関係

一二九〇円(一日分)×四一六日間=五三万六六四〇円

(3) 原告綾子の損害

慰謝料 一〇〇〇万円

原告綾子が原告春子の母として本件事故により被った精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

6  よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告春子において、前記損害額合計九一八六万八四〇〇円から日本体育・学校健康センターより受領した一八九〇万円及びフィールドアスレチック保険より受領した一五八万七五〇〇円の合計二〇四八万七五〇〇円を控除した七一三八万〇九〇〇円及び内金六六三八万〇九〇〇円(弁護士費用以外の分)に対する昭和六三年四月一三日から、内金五〇〇万円(弁護士費用分)に対するこの判決確定の日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告康雄において、前記損害額合計一一二九万二八八〇円及び内金一〇〇〇万円(慰謝料分)に対する昭和六三年四月一三日から、内金一二九万二八八〇円(その余の分)に対する平成二年九月七日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告綾子において、前記損害額一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1(当事者の地位)は認める。

2  請求原因2(原告春子の能力)のうち、原告春子が昭和六三年四月当時フェニルケトン尿症に罹患し脳障害を有しており、その知能指数が五〇ないし六〇であったことは認め、その余は否認する。

3  請求原因3(事故の発生及び原告春子の負傷)について

(1) 同(1)は認める。

(2) 同(2)①は認める。同(2)②のうち、原告春子が昭和六二年四月に第四中学校第一学年の校外学習で市川自然公園ありのみコースへ行き、また、同年五月に同校特殊学級全学年の宿泊訓練で清和県民の森コースへ行ったことは認め、その余は否認する。

(3) 同(3)のうち、原告春子が高台のぼりの最上段の高台まで登ったこと、事故の態様を除き、原告春子が高台のぼりから地上に落下して本件事故が発生したことは認め、原告春子が高台からロープを伝って降りる際にロープが不安定で揺れたため、バランスを失って地上に落下したという本件事故の態様は不知、その余は否認する。

(4) 同(4)のうち、原告春子が本件事故により第一腰椎脱臼骨折及び脊髄損傷の傷害を受け、治療及びリハビリ訓練のため、昭和六三年四月一二日から同年八月九日までの間日大病院に、次いで同年八月九日から平成元年三月一八日までの間及び平成二年二月二六日から同年九月七日までの間北医療センターに入院したこと、右の傷害の後遺症として下半身が完全に麻痺し、右障害が身体障害者福祉法別表中の第一級に該当し、一生車椅子の生活を送ることとなったことは認め、原告春子が常に介護者がなければ日常生活を営めない状態にあることは否認し、その余は知らない。

4  請求原因4(被告の責任)はいずれも争う。

5  請求原因5(原告らの損害)はいずれも不知ないし争う。

6  被告の主張

(1) フィールドアスレチックの安全性

フィールドアスレチックは、年齢、性別、体格、運動神経、スポーツの経験等にかかわらず、何人も参加できるように考案された安全性の極めて高い野外スポーツであり、草野球やジョギングのような軽いスポーツよりも事故や怪我の発生率がはるかに少なく、傷の手当てを要するような怪我の発生は約三〇万人に一人にすぎない。また、そのコースは、自然を利用しながら人工的に設置管理されているので、林間学級・臨海学級・登山等の変わりやすく個性のある自然の中での教育活動と異なり、その利用について特別の事前調査を必要とするものではない。このように安全性が高い理由としては、指導員を置かないことと整然とした施設を排除することが挙げられるが、これは、たとえ幼児であっても、人間は危険を避け、自分自身の安全を守るように行動するので、野外スポーツにおける事故や怪我の防止のためには、危険性の判断を個々人に任せて他人に頼らせないことが重要であり、また、整然とした施設は、人に安心感と信頼感を与える結果、かえって油断を誘い、事故を招くことになるので、一見して危険そうに見える施設の方が利用者の緊張感を増し、自らの判断による当該遊具の使用の回避を含む危険回避行動を期待できるからである。なお、本件コース、市川自然公園ありのみコース及び清和県民の森コースは、いずれもフィールドアスレチックの設計、設置、管理、運営の指導等を行う日本フィールドアスレチック協会の定める基準を満たした同協会公認のコースであり、また、フィールドアスレチックの利用者は、小グループによるものが最も多く、年齢別には、七歳から一〇歳の者が18.4パーセント、一一歳から一四歳の者が14.5パーセントを占めており、比較的低年齢層の利用者が多くなっている。

(2) 原告春子の能力

原告春子は、知能指数が五〇ないし六〇で、小学校一、二年生程度の知的能力を有している。この程度の者は、軽度の精神薄弱であるとされ、日常生活に差し支えない程度に身辺の事柄を処理することができ、特殊学級の中では良い方の部類に属する。また、原告春子の握力は、大きな女子の平均に比べて低いものの、日常生活には支障がなく、原告春子が在籍していた小学校から送付されてきた指導要録にも、身体や精神の障害のために特に注意すべき点は記載されていないし、原告春子の保護者である原告康雄及び同綾子からも、本件事故に至るまで握力を含む原告春子の運動能力について注意すべき点の指摘がないなど、和泉教諭を含む学校側が原告春子の握力を知る機会はなかった。さらに、原告春子は、太り気味ではあるものの、肥満というほどではなく、肥満と運動能力が劣ることとは全く別の問題でもある。原告春子は、学校における週四時間の体育で実施している体力作り(肩車一〇秒、腕立て伏臥位保持五〇秒、タイヤ跳び、持久走1.5キロメートル)の全種目を毎回達成していたほか、キックベースやバスケットボール等のボールゲームでも、ボールを怖がらないで喜んでやっており、上手な方であった。

(3) 原告春子のフィールドアスレチックの経験

原告春子は、昭和六二年四月、五月に第四中学校の校外行事で市川自然公園ありのみコース及び清和県民の森コースにおいて、フィールドアスレチックを経験している。そして、右の両コースの遊具の中には、「江戸川わたり」、「大小屋根移り」、「生活水供給」、「トンボの背わたり」(以上、市川自然公園ありのみコース)、「地層のぼりおり」、「渡り鳥わたり」、「活動とび」(以上、清和県民の森コース)など、高台のぼりと余り違わない高さにまで登ったりするものや高台のぼりと同様にU字状のロープを使用するなどして手足のバランス感覚を必要とするものもあった。しかし、原告春子は、これらの遊具を使用するに当たって、何らの困難を訴えることもなく、自ら進んで自己の能力にあった使用方法により、それぞれの遊具を使用し、自己の能力を超えると思われるものについては、自らの判断で中止して引き返しており、高所に対する恐怖感を示したり、あるいは手足の力の不足、バランス感覚に問題があることを感じさせるようなことも一切なく、特に、清和県民の森コースでは、すべての遊具をこなしていた。

(4) 本件行事の実施状況

① 第四中学校では、本件行事の実施に当たり、昭和六三年四月一日に三名の教諭が本件コースを視察し、同月五日に保護者に対して本件行事の参加、不参加の意思を確認した上、同月一一日に各クラスで当日の一般的な注意をした。そして、当日には、本件コースにおいて、具体的な注意を行い、特殊学級の生徒八名(原告春子、A、B、C、D、E、F、G)については、和泉教諭が引率して更に注意をした上、遊具の使用を始めた。

② 和泉教諭は、右の生徒らの一年生の時からの担任であり、市川自然公園ありのみコース及び清和県民の森コースでの個々の生徒の経験を踏まえ、本件コースの各遊具の特性を考慮して、個々の生徒の能力に適したものを使用させることとし、自ら先頭に立って生徒らを引率し、能力的に無理であると思われる生徒には当該遊具の使用を禁止し、できると思われる生徒には各自の判断で当該遊具を使用することを許可した。和泉教諭は、特殊学級の中では、原告春子の運動能力は普通であり、その日常生活から握力が弱いとか危険の判断ができないと感じたことはなく、フィールドアスレチックを行う能力に関しては、従前の学校生活やフィールドアスレチックの経験からして、原告春子とAが一番上のレベルで、その次がBであると判断していた。そして、特殊学級の生徒らは、和泉教諭に引率され、高台のぼりの所に至るまでに一二個の遊具を回ったが、原告春子は、自らこれらの遊具に挑戦して、そのすべてをこなし、その中には、「二一世紀梨渡り」、「縄文土器のぼり」、「石器わたり」、「小金城跡のぼり」など、高台のぼりと同様のバランス感覚等を要する難易度の相当高いものがあった。

③ 和泉教諭は、高台のぼりの所に到着した際、GとFが「上がらない。」と言ったため、右両名に対して待っているように指示した。和泉教諭は、A、原告春子、Bについては、高台のぼりに挑戦させても差し支えないと判断し、同人らの判断に任せたところ、A、原告春子、Bの順で高台のぼりに登り、続いてCが高台のぼりに登り始めたが、Cは、一段目の台まで登った後、自らの判断で下に降りてきた。また、Eは、身体が虚弱で当時疲労が激しいようであり、危険に対する判断力及び運動能力も劣り、手が麻痺しているにもかかわらず、無鉄砲な性格で登ろうとして高台のぼりに取り付いたため、和泉教諭は、高台のぼりに登ることを強く禁じた。この間、和泉教諭は、高台のぼりの登り口の端に立ち、生徒らの様子を見ていたが、Cが前記のように降りてきた後、Dに対し、「やるかい。」と言ったところ、同人が珍しく「やりたい。」と答えたので、同人を補助して高台のぼりに登り始め、同人と一緒に二段目の台に登った時に、A及び原告春子の方を見ると、Aは、高台のぼりのほぼ最終の段階に差し掛かっており、原告春子は、最上段の高台に乗って立っていたが、別に不安定な様子は感じられなかった。この後、Bは、最上段の高台まで登ったが、自らの判断で引き返している。

(5)① 和泉教諭が原告春子に高台のぼりを挑戦させたことに過失があるとの主張について

(1)ないし(4)のとおり、フィールドアスレチックは、本来的に安全なものとして設計、管理されており、その危険性に対する判断は、年少者でも十分にできること、原告春子は、小学校一、二年生程度の知的能力を有しており、特殊学級の中では良い方の部類に属すること、また、原告春子は、日常生活に支障がない程度の握力を有していたこと、原告春子は、本件事故以前にフィールドアスレチックを経験しており、自らの判断で各遊具を使用し、自己の能力を超えると思われるものについては、自らの判断で中止して引き返していたこと、和泉教諭は、特殊学級の中では、原告春子の運動能力は普通であり、握力が弱いとか危険の判断ができないと感じたことはなく、フィールドアスレチックを行う能力に関しては、原告春子とAが一番上のレベルであると判断していたこと、危険に対する判断力及び運動能力が原告春子に劣るCやBが高台のぼりにおいて自らの判断で途中で断念して引き返していること、仮に原告春子の握力が弱かったとしても、和泉教諭にそのことを知る機会がなかったこと等からすると、和泉教諭を含む学校側には、本件事故の発生について予見可能性がなく、結果回避義務としての高台のぼりを使用させないという義務は認められない。したがって、和泉教諭が原告春子に高台のぼりの使用を認めたことに過失はない。

② 和泉教諭が立会監視措置を怠った過失があるとの主張及び第四中学校側の過失の主張について

本件事故の発生について予見可能性がないことに加え、和泉教諭は、原告春子が高台のぼりの最上段の高台に乗って立っていることを確認し、その時点で何ら不安を覚えるような事態にはなかったのであるから、和泉教諭に原告春子の監視を怠ったと非難されるべき点はなく、和泉教諭の行為と本件事故との間に因果関係もない。さらに、本件において、原告らが主張するように高台のぼりに教諭を二名配置したとしても、本件事故を防止することができたかは疑問であり、結果回避の可能性自体が認められない。したがって、和泉教諭には、原告春子の立会監視措置を怠った過失はなく、学校側にも、和泉教諭一人に特殊学級の生徒八名を引率させ、高台のぼりに他の教諭を配置しなかった過失はない。

三  抗弁

1  過失相殺

原告春子は、小学校一、二年生程度の知的能力を有し、本件事故以前には、将来において若干の収入を得ることができるような軽労働が可能であるとされていたのであるから、高台のぼりを独力で登ることができるかどうか、これを途中で中止すべきかどうかについての判断力、高台のぼりを遂行するに当たって必要な注意をする能力を十分有していた。また、高台のぼりを含むフィールドアスレチックは、老若男女の別なく遊具の利用者の自主的判断に基づいて行われ、それによって野外スポーツ自体の安全性が確保できるものであるから、和泉教諭が原告春子の判断に任せたことに問題はなく、あえて言えば「注意しなさい。」という言葉を掛けなかったというにすぎない。また、原告春子の保護者である原告康雄及び同綾子には、原告春子の握力が弱いことなどを学校側に告げなかった重大な過失があるから、被害者側の過失としてしんしゃくされるべきである。

したがって、以上の事情を考慮すれば、仮に被告側に過失が認められるとしても、損害賠償を算定するに当たって、被告側の過失は高々一〇パーセントにすぎず、原告ら側の過失は少なくとも九〇パーセントはあるものと言うべきである。

2  損害の填補

原告春子は、本件事故に関して、日本体育・学校健康センターから障害見舞金として一八九〇万円、フィールドアスレチック保険から保険金として一五八万七五〇〇円を受領しており、これらの合計二〇四八万七五〇〇円は原告春子の損害から控除されるべきものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2は認める。ただし、原告春子の請求額は、前記のとおり右二〇四八万七五〇〇円を既に控除した金額である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者の地位及び本件事故の発生について

原告春子が、昭和四八年一〇月二五日生まれで、昭和六三年四月当時、第四中学校第二学年の特殊学級に在籍していた者であり、原告康雄がその父、原告綾子がその母であること、被告が第四中学校を設置し管理している地方公共団体であること、原告春子が昭和六三年四月一二日に本件コースで実施された第四中学校第二学年の校外学習に参加し、原告春子を含む特殊学級の生徒八名が特殊学級第二学年担任の和泉教諭に引率されていたこと、原告春子が本件コースの遊具である高台のぼりから地上に落下したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二原告春子の身上、経歴、性格及び能力について

原告春子が昭和六三年四月当時フェニルケトン尿症に罹患し脳障害を有しており、その知能指数が五〇ないし六〇であったことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人大和田操の証言、証人和泉伸司の証言(一部)、原告中村綾子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、〈書証番号略〉及び証人和泉伸司の証言の中で右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  フェニルケトン尿症は、アミノ酸代謝異常の一種で、血中のフェニルアラニン及びその代謝産物の持続的増量、蓄積により、脳蛋白合成障害、神経伝達物質の生成抑制等を惹起し、発育期の脳に障害を与えるものであり、生後一年までに治療を開始しなければ知能指数が六〇以下に低下するとされ、血中フェニルアラニン値を一定量に維持し、体内におけるその蓄積を防止するための食餌療法が唯一の治療方法とされている。原告春子は、生後一歳数か月ころになって、ようやくフェニルケトン尿症に罹患していることが判明して治療を開始したが、既に知能障害を起こしており、運動能力の発達も遅く、小学校に一年遅れて入学したものの、二年生以降は特殊学級に在籍し、他方、日大病院で同症の食餌療法を継続してきた。そして、原告春子は、昭和六二年四月に第四中学校に入学して特殊学級に在籍したが、一、二年生の時の学年担任が和泉教諭であり、特殊学級の全学年の生徒を混合して編成される生活班と呼ばれる班の一年一学期における担任も和泉教諭であった。

2  原告春子は、本件事故当時、身の回りのことを一応自分で処理し、学校にも一人で徒歩通学し、簡単な計算や読み書きができ、また、特殊学級での体育の授業では、キックベースやバスケットボール等のゲームに参加し、肩車一〇秒、腕立て伏臥位保持五〇秒、タイヤ跳び、持久走1.5キロメートルなどの種目をこなしていた。しかし、他方、原告春子は、知能指数が五〇ないし六〇で、小学校一、二年生程度の知的能力しかなく、危険に対する判断力が健常者に比べて相当劣っており、性格的には、教諭らの指示に素直に従い、従順で責任感が強く、能力的に無理なことでも押し通そうとする傾向があった。また、前記の知的能力に加え、フェニルケトン尿症の食餌療法により蛋白質を控え、糖分、澱粉質を多く摂取するために太り気味であること(身長一四三センチメートル、体重47.5キログラム)などから、反射神経、バランス感覚を含めた運動能力が健常者に比べて相当劣っており、日常生活では通常大きな支障はないものの、握力も劣り、缶切もうまく使うことができなかった。そして、原告春子は、小学校時代、登り棒がほとんどできず、組体操等も苦手で、小学校側から腕力、脚力の弱さ等を指摘されており、原告綾子は、昭和六二年五月の家庭訪問の際、学年担任の和泉教諭に対し、小学校時代に原告春子が体育の授業で苦労したことなどを伝えていた。また、原告春子の第四中学校特殊学級第一学年の通知票にも、日常生活行動の記録中「すばやく行動できる」の項目及び作業態度の記録中「危険なものに注意する」の項目などに積極的な評価がなく、缶切をうまく使えないとの指摘があり、責任感が強すぎて無理に押し通すところも見受けられ、臨機応変に物事を対処する能力が望まれる旨の所見もある。ところで、和泉教諭は、学年担任として日常生活等を通じ、このような原告春子の性格及び能力を十分把握し又は容易に把握することが可能であった。

三高台のぼりの構造、難易度等及び原告春子のフィールドアスレチックの経験について

本件コースが丸太材とロープを組み合わせて造られた各種の遊具を有するフィールドアスレチックコースであること、請求原因3(2)①(高台のぼりの構造)の事実、原告春子が昭和六二年四月に第四中学校第一学年の校外学習で市川自然公園ありのみコースへ行き、また、同年五月に同校特殊学級全学年の宿泊訓練で清和県民の森コースへ行ったことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人和泉伸司の証言(一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、〈書証番号略〉及び証人和泉伸司の証言の中で右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件コースは、高台のぼりのほか、「二一世紀梨渡り」、「石器わたり」、「縄文土器のぼり」、「小金城跡のぼり」などの丸太材とロープを組み合わせて造られた四〇個の遊具を有するフィールドアスレチックコースである。そして、高台のぼりは、男女とも一一歳以上を主な対象とし、別紙高台のぼり概略図一記載のとおり、まず丸太で造られた一段目の台に登り、次に一段目と二段目の台の間の丸太一、ロープ一及び丸太二に手足を掛けて二段目の台に登り、それから別紙高台のぼり概略図二記載のとおり、二段目の台と高台(三段目)の間の丸太三及びロープにに手足を掛けて高台に登り、その上で、別紙高台のぼり概略図三記載のとおり、ロープ三、丸太四、ロープ四及び丸太五に手足を掛けるなどして高台から降り、更に高台の床下から斜め下方に平行に渡された二本のロープ(ロープ五)の間に体をいれて、左右の手でそれぞれの側のロープをつかみ、かつ、これらのロープの間に数十センチメートルの間隔を置いて吊り下げられた二二本のU字状のロープ(そのうちの最も高台寄りのロープが別紙高台のぼり概略図三記載のロープ六である。)に足を乗せて、下方に降りていく遊具である。しかも、地上から前記高台までは四メートル余りの高さがあり、地上からロープ六の下端まででも2.5メートル以上の高さがある上、前記のロープや丸太の間隔が広く、また、高台から降りる際には、最初は後ろ向きの姿勢で丸太四及びロープ四などを降り、途中でその姿勢を前向きに変えなければならず、ロープ六などのU字状のロープやロープ五は、いずれも不安定でバランスを保ちにくい。そのため、高台のぼりをするには、高所を恐れない勇気、手足の力、バランス感覚及び危険に対する判断力などが相当程度必要であり、健常者でも補助なしで完遂することは必ずしも容易ではなく、高台のぼりからの落下事故がいったん発生した場合には、身体に重大な損傷を受ける危険性が高かった。

2  ところで、原告春子は、和泉教諭らに引率されて、昭和六二年四月に第四中学校第一学年の校外学習で市川自然公園ありのみコースへ行き、また、同年五月に同校特殊学級全学年の宿泊訓練で清和県民の森コースへ行ったが、右の両コースとも本件コースと類似したフィールドアスレチックコースであって、市川自然公園ありのみコースには、「江戸川わたり」、「大小屋根移り」、「生活水供給」、「トンボの背わたり」など四〇個の遊具があり、清和県民の森コースには、「地層のぼりおり」、「渡り鳥わたり」、「活動とび」など二五個の遊具があった。しかし、原告春子は、両コースとも短時間回ったにすぎず、特に、清和県民の森コースでは一時間程度であり、すべての遊具を試みたわけではなく、また、原告春子が試みた遊具のうちには、本来の使用方法に従わなかったもの、いったん登ったものの前に進まず、そのまま降りるなどして途中までしかできなかったもの、あるいは引率教諭が補助したり、一緒になって取り組んだものなどが少なからずあった。その上、前記「江戸川わたり」、「トンボの背わたり」、「渡り鳥わたり」は、高台のぼりと同様にU字状のロープを使用するものであり、また、前記「大小屋根移り」、「生活水供給」、「地層のぼりおり」、「活動とび」は相当の高さまで登ることを要求されるものであったが、高さ、規模、安定度等の総合評価で高台のぼりの難易度に及ばず、原告春子は、両コースにおいて高台のぼりと同等の難易度、危険性を有する遊具を経験したことがなかった。

四本件事故に至るまでの状況

請求原因3(1)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人和泉伸司の証言(一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、〈書証番号略〉、証人和泉伸司の証言及び原告中村綾子本人尋問の結果の中で右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件行事は、第四中学校第二学年の校外学習として企画され、生徒の全員参加が原則とされていたが、昭和六三年四月一二日の実施当日は、第二学年の普通学級八クラス(一クラス約四〇名)と特殊学級一クラス(原告春子、A、B、C、D、E、F、Gの八名)のうち、普通学級の生徒の大部分と特殊学級の生徒の全員が参加し、各クラスの担任を含む一三名の教諭が同行して、午前九時四〇分ころ、本件コースに到着し、生徒全員に対する諸注意の後、普通学級の生徒は自由行動となった。他方、特殊学級の生徒八名は、特殊学級第二学年担任の和泉教諭に引率されて団体行動をとり、午前一〇時ころから、本件コースを回り始め、和泉教諭の選択に従って、高台のぼりの所に至るまでに前記「二一世紀梨渡り」、「石器わたり」、「縄文土器わたり」、「小金城跡のぼり」など合計一二個の遊具を回った。そして、原告春子は、和泉教諭の選択に従って、これらの遊具を試みたが、必ずしもその全部について本来の使用方法に従ったものではなく、和泉教諭が手を添えて補助したものなどもあった上、これらの遊具には、U字状のロープ等を使用して体のバランスをとることが要求されるものや、ある程度の高さまで登ったりするものもあったが、高さ、規模、安定度等の総合評価で高台のぼりの難易度に及ぶものはなかった。

2  和泉教諭は、午前一一時ころ、高台のぼりの所に到着し、特殊学級の生徒のうちG、F及びEには高台のぼりを試みさせなかったが、A、原告春子、B及びCにはその使用を認めることとし、原告春子らは、和泉教諭の許可を受けて、A、原告春子、B及びCの順で高台のぼりに登り始め、他方、和泉教諭は、Dを補助して一緒に高台のぼりに登り始めた。そして、最初に登り始めたAは最上段の高台まで登ってからロープを伝って降りたが、Bは高台まで登ったものの引き返し、Cも一段目の台まで登って引き返した。しかし、原告春子は、何とか独力で高台までは登ったが、ロープを伝って降りる際、高台から三番目のU字状のロープの辺りで足を踏み外してバランスを崩し、仰向けになっていったん足元のU字状のロープに引っ掛かったものの、そのロープから外れて、約二メートルの高さから地上に落下した。これに対し、和泉教諭は、高台のぼりの使用について原告春子を指導して補助したりせず、同原告の行動を放置し、原告春子が高台のぼりから地上に落下した時には、Dを補助して二段目の台から高台に登ろうとしており、同人に掛り切りで原告春子の行動を十分監視せず、その転落を防止するために何らの手段も講ずることができなかった。

五被告の責任

1 国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解されるが、学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、本件のような危険性の高い遊具を生徒に使用させる場合には、事故の発生を防止するために十分な配慮をすべき注意義務があることは言うまでもない。

2(1) ところで、フィールドアスレチックは、被告が主張するように一般的には安全性の高い野外スポーツであるとしても、その利用者が健常者であるかどうかによって安全性の程度が異なることは明らかであり、しかも、フィールドアスレチックの遊具は、個々の道具ごとにその構造や難易度、危険性が異なっている。したがって、一般的に知的能力や運動能力が健常者に比べて劣る上に、生徒間の能力差も著しい小、中学校の特殊学級の生徒にフィールドアスレチックの遊具を使用させるに当たっては、事故の発生を防止するため、教諭が引率し、個々の遊具の構造や難易度、危険性、個々の生徒の性格、能力などを慎重に検討した上、場合に応じて、当該遊具の使用自体を禁止する、あるいは生徒の単独使用を禁止して引率教諭が補助する、更に生徒の単独使用を許す場合でも使用中の生徒の行動を十分注視して落下等の緊急事態に直ちに対処できるようにするなどの配慮が必要である。

(2)  これを本件について見ると、前認定のとおり、その構造、難易度等に照らし、高台のぼりをするには、高所を恐れない勇気、手足の力、バランス感覚及び危険に対する判断力などが相当程度必要であり、健常者でも補助なしで完遂することは必ずしも容易ではないこと、高台のぼりからの落下事故がいったん発生した場合には、身体に重大な損傷を受ける危険性が高いこと、原告春子は、知能指数が五〇ないし六〇で、小学校一、二年生程度の知的能力しかなく、危険に対する判断力及び反射神経、バランス感覚を含めた運動能力が健常者に比べて相当劣っており、性格的には、教諭らの指示に素直に従い、従順で責任感が強く、能力的に無理なことでも押し通そうとする傾向があり、握力も劣っていたこと、和泉教諭は、学年担任として日常生活等を通じ、このような原告春子の性格及び能力を十分把握し又は容易に把握することが可能であったこと、原告春子は、本件事故以前にフィールドアスレチックで高台のぼりと同等の難易度、危険性を有する遊具を経験したことがなく、これまで試みた遊具のうちには、本来の使用方法に従わなかったもの、いったん登ったものの前に進まず、そのまま降りるなどして途中までしかできなかったもの、あるいは引率教諭が補助したり、一緒になって取り組んだものなどが少なからずあったことの事実関係によれば、原告春子が単独で高台のぼりを完遂することは期待し難く、また、自らの判断で高台のぼりの使用を中止することも相当困難であって、落下事故の発生する危険性が高く、和泉教諭には本件事故の発生について予見可能性があったと言うべきである。そして、高台のぼりの構造、難易度等及び本件事故の態様などからすれば、和泉教諭としては、落下事故の発生を防止するため、同時に複数の特殊学級の生徒が高台のぼりを使用することを禁じた上、原告春子については、単独で高台のぼりに挑戦することを禁じ、これを指導して補助しながら一緒に高台のぼりに登るか、あるいは単独で高台のぼりに挑戦させる場合には、その行動を十分注視して、必要に応じて助言指導をしながら、落下等の緊急事態に備えて直ちに対処できるように、高台のぼりを使用して移動する原告春子に付き添って歩くなどの配慮をすべきであり、そうすることにより、本件事故の発生を未然に防止することができたと認められるから、右のような配慮をしなかった点において、和泉教諭には注意義務違反があり、本件事故を発生させた過失があると言わなければならない。

3 したがって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故により原告らが被った損害を賠償する責任がある。

六損害

1  原告春子の負傷と治療経過

原告春子が本件事故により第一腰椎脱臼骨折及び脊髄損傷の傷害を受け、治療及びリハビリ訓練のため、昭和六三年四月一二日から同年八月九日までの間日大病院に、次いで同年八月九日から平成元年三月一八日までの間及び平成二年二月二六日から同年九月七日までの間北医療センターに入院したこと、右の傷害の後遺症として下半身が完全に麻痺し、右障害が身体障害者福祉法別表中の第一級に該当し、一生車椅子の生活を送ることとなったことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人大和田操の証言、原告中村綾子本人尋問の結果を総合すれば、原告春子は、北医療センターに入院中、右後遺症のために仙骨部褥創を併発し、昭和六三年一二月七日にその治療として回転植皮術を受け、平成元年三月一八日に退院したが、同年六月初旬ころから右坐骨部褥創が出現し、平成二年二月二六日に再び北医療センターに入院し、同年六月六日に回転植皮術を受け、同年九月七日に退院したこと、合計五三五日の入院期間中、原告綾子が原告春子に毎日付き添ったこと、原告春子は、上半身の機能は残されているが、従来のフェニルケトン尿症及びこれに伴う知能障害に加え、下半身が完全に麻痺したため、排泄の感覚を喪失し、膀胱訓練によって自分で採尿することができるようになったものの、排便はままならず、おむつを着用しており、家族の援助を得なければ車椅子とベッドとの間を移動することも困難で、おむつの取替え、着替え、入浴、食事など日常生活全般にわたり介護を要する状態にあり、主に原告綾子の介護を受けていることが認められる。

2  原告春子の損害

(1)  逸失利益について

原告春子は、本件事故により前記の後遺症を負ったものであり、また、証人大和田操の証言によれば、原告春子は、本件事故以前、養護施設などで受ける訓練の次第によっては将来単純労働ならできるようになる可能性があったことがうかがわれる。

しかしながら、他方、証人大和田操の証言、原告中村綾子本人尋問の結果によれば、本件事故の前後を問わず、原告春子のフェニルケトン尿症に伴う知能障害自体が改善される見込みは乏しく、仮に原告春子が将来単純労働ができるようになったとしても、普通の職業に就くことは困難であり、訓練を兼ねた養護施設内での単純作業などに限定されるのであって、本件全証拠によっても、原告春子が逸失利益の対象となるべき収入を得られたものであるかは不明と言わざるを得ず、原告春子に後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(2)  介護料 三七三九万二六二一円

前記1の事実によれば、原告春子は、本件事故により終生近親者の介護を必要とするものであり、そのために要する介護料は一日四五〇〇円が相当である。そして、次のとおり、本件事故発生の日の翌日である昭和六三年四月一三日から平成三年一二月四日(本件口頭弁論終結時)までの一三三一日間の介護料は五九八万九五〇〇円で、平成三年一二月五日以降の介護料は三一四〇万三一二一円であり、その合計額は三七三九万二六二一円となる。

① 昭和六三年四月一三日から平成三年一二月四日までの介護料

四五〇〇円×一三三一日間=五九八万九五〇〇円

② 平成三年一二月五日以降の介護料

原告春子の右時点における残余生存可能年数は、弁論の全趣旨により概略六四年と認められるので、ライプニッツ式計算法によりその現価を求める。

4500円×365日×19.1191(六四年のライプニッツ係数)=3140万3121円(円未満切捨て)

(3)  慰謝料 二五〇〇万円

本件事故の原因、態様、原告春子の治療経過、後遺障害その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、本件事故により入院中及び退院後原告春子が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二五〇〇万円が相当である。

3  原告康雄及び同綾子の損害

(1)  入院雑費 六四万二〇〇〇円

前記1の事実、原告中村綾子本人尋問の結果によれば、原告春子の合計五三五日の入院期間中、原告康雄は諸雑費の支出を余儀なくされたことが認められる。その費用は、入院一日について一二〇〇円と認めるのが相当であり、その合計額は、次のとおり六四万二〇〇〇円となる。

一二〇〇円×五三五日間=六四万二〇〇〇円

(2)  交通費 六五万〇八八〇円

前記1の事実、原告中村綾子本人尋問の結果によれば、原告春子の合計五三五日の入院期間中、原告康雄は原告綾子による付添いのために交通費を支出し、その額は、次のとおり合計六五万〇八八〇円と認められる。

① 日大病院関係

九六〇円(一日分)×一一九日間=一一万四二四〇円

② 北医療センター関係

一二九〇円(一日分)×四一六日間=五三万六六四〇円

(3)  慰謝料 合計六〇〇万円

原告春子の後遺障害は、生涯にわたる深刻かつ重篤なものであるから、父母である原告康雄及び同綾子が受けた精神的苦痛は甚大であって、子の死の場合にも比肩するものと認められる。その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、原告康雄及び同綾子に対する慰謝料は、それぞれ三〇〇万円が相当である。

4  過失相殺について

原告春子は、前認定のとおり、知能指数が五〇ないし六〇で、小学校一、二年生程度の知的能力しかなく、危険に対する判断力及び運動能力も健常者に比べて相当劣っているが、本件事故は、そのような原告春子が和泉教諭を信頼し、その選択及び許可に従い、高台のぼりに挑戦したために発生した事故であって、原告春子が殊更危険あるいは異常な使用方法により高台のぼりを試みたというような事情もないのであるから、原告春子に過失相殺の対象としてしんしゃくすべき過失を認めることはできない。また、前認定のとおり、和泉教諭が学年担任として日常生活等を通じ原告春子の能力等を十分把握し又は容易に把握することが可能であったこと、その他本件事故の原因、態様に照らせば、原告康雄及び同綾子が原告春子の握力の弱いことなどを学校側に告げていなかったとしても、原告ら側の過失であるとは認められない。

したがって、被告の過失相殺の主張は採用することができない。

5  損害の填補について

原告春子が本件事故に関して日本体育・学校健康センターから障害見舞金として一八九〇万円、フィールドアスレチック保険から保険金として一五八万七五〇〇円を受領していることは、当事者間に争いがなく、これらの合計二〇四八万七五〇〇円は、原告春子の前記損害額合計六二三九万二六二一円から控除する。

6  弁護士費用について

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、損害賠償として被告に請求し得る原告春子の弁護士費用は四〇〇万円が相当である。

7  1ないし6によれば、被告が原告らに賠償すべき損害は、原告春子について四五九〇万五一二一円、原告康雄について四二九万二八八〇円、原告綾子について三〇〇万円となる。

七結論

以上のとおり、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故による損害賠償として、原告春子に対し前記損害額四五九〇万五一二一円及び内金四一九〇万五一二一円(弁護士費用以外の分)に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六三年四月一三日から、内金四〇〇万円(弁護士費用分)に対するこの判決確定の日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告康雄に対し、前記損害額四二九万二八八〇円及び内金三〇〇万円(慰謝料分)に対する昭和六三年四月一三日から、内金一二九万二八八〇円(その余の分)に対する本件事故発生の日の後である平成二年九月七日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告綾子に対し、前記損害額三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務がある。

よって、原告らの各請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安達敬 裁判官松田清 裁判官黒野功久)

別紙高台のぼり概略図一、二、三、〈省略〉

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